ピーター・グリーナウェイ監督『英国式庭園殺人事件』

来年2024年3月にピーター・グリーナウェイ監督の特集上映が開催されるとのこと。楽しみが増えた。そんなわけで、傑作を紹介します。シンメトリーな構図、緑と赤/黒と白の色調、屋外撮影による昼の光と夜の闇のコントラスト、バロック絵画をそのまま持ち込ん…

『脱獄計画(仮)』という驚愕のビオイ=カサーレス体験:Dr. Holiday Laboratory『脱獄計画(仮)』

こまばアゴラ劇場で、Dr. Holiday Laboratory『脱獄計画(仮)』という演劇を観た。作・演出、山本伊等。 なんて挑発的な。最高だった。 アドルフォ・ビオイ=カサーレスの小説『脱獄計画』を原案にした演劇ということで興味を持ったのだが、え、こんな原案…

【リライト】曲亭馬琴『近世説美少年録』発端部3

近世説美少年録 3 白蛇と大鳥 大江弘元は手勢を指揮して洞穴の前後を塞いだ。彼の精兵三十余人が逃げる山賊を斬り伏せ、生け捕り、勇猛果敢に休む暇なく賊を誅し続ける。 一方、川角連盈は慎重に隙を窺っていた。この死地を切り抜けようと頼みの手下十余人…

十三時の鐘は何回鳴ったのか?:ジョージ・オーウェル『一九八四年』雑考

ジョージ・オーウェルの名作『一九八四年』は、以下の有名な文章によって始まる。 四月の晴れた寒い日だった。時計が十三時を打っている。(高橋和久訳) 原文はこう。 It was a bright cold day in April, and the clocks were striking thirteen. 『白鯨』…

柔らかい室内にあるガラスの動物園:イヴォ・ヴァン・ホーヴェ演出『ガラスの動物園』雑感

新国立劇場でイヴォ・ヴァン・ホーヴェ演出『ガラスの動物園』を観た。イザベル・ユペール主演。もともと二年前の公演予定がコロナで延期し、昨年も企画されたがまた延期となり、今年ようやく公演が実現した。イザベル・ユペールのアマンダには二年分の期待…

李禹煥展 雑感

国立新美術館で開催中の李禹煥展に行ってきた。 岩と、ガラスや鉄などでできた「関係項」シリーズは何度見ても良い。「もの」を前にした鑑賞者(自分)はどこにいるのかという認識を含んだ作品だと自分は理解しているが、岩と自分の関係だとすれば(もちろん…

【リライト】曲亭馬琴『近世説美少年録』発端部2

近世説美少年録 2 大江弘元 阿蘇沼氾濫の夜。 本陣にいた大江備中介弘元は、襲いくる沼水の勢いに抗えず押し流された。ほとんど溺れながらも水面へ顔を出し、懸命にもがくうち肘近くに流れてきた盾を取った。それを胸に押し当てて泳ごうとしたが、水勢は緩…

【リライト】曲亭馬琴『近世説美少年録』発端部1

近世説美少年録 1 阿蘇攻め 足利義稙が二度目の室町将軍に就くと、周防、長門、豊前、筑前、安芸、石見、山城の七ヶ国の守護、大内左京権大夫多々良義興がその功労から管領代に就任した。管領職は細川、畠山、斯波の三家のみ任じられる役職だったため、極め…

去年マリエンバートで:アラン・レネ監督『去年マリエンバートで』雑考

「つい去年の夏も、私は、マリーエンバートで……」 エッカーマン『ゲーテとの対話』1824年2月29日、日曜日(山下肇訳) 『去年マリエンバートで』という映画。アラン・レネ監督、アラン・ロブ=グリエ脚本。名作と言われ、難解と言われる。豪華なセットや衣装…

作者が登場するとき、テクストではなにが起きているのか?:クレメンス・J・ゼッツ『インディゴ』雑考

クレメンス・J・ゼッツ『インディゴ』(犬飼彩乃訳)は、奇妙な小説だ。どこがどう奇妙かは読み手によって異なるだろうが、まず言えるのは現実の扱い方のユニークさだ。 主題のひとつである「インディゴチルドレン」とは、現実世界においては、ニューエイジ…

『重力の虹』のスロースロップはどこへ消えたのか?:トマス・ピンチョン『重力の虹』雑考

トマス・ピンチョンの傑作小説『重力の虹』です。 さまざまな物語を内包し、重ね合わせて語られる大複合小説として、不動の地位を保ち続けています。僕も大好きな小説です。 第二次世界大戦末期、アメリカ人のタイロン・スロースロップ中尉はイギリス軍に出…

八犬伝覚書 八犬伝の引用元 その3

『南総里見八犬伝』は引用の織物である。本文中に出典の明記がない引用箇所の、参照元を探る試みの続き。 第百三回 ◎ 富山の描写。 「嶮邊(そばのべ)逈(はる)かに直(み)下せば、白雲聳え起りて、谷神(こくしん)窅然(ようねん)と玄牝の門を開けり」…

クリーマが持ち歩く『モデル読者』とは?:アンナ・ツィマ『シブヤで目覚めて』雑考

ウンベルト・エーコ『物語における読者』、原題 ”Lector in fabula” は英訳すると「おとぎ話の読者」となって意味が通らないから、英語版タイトルは ”The Role of the Reader”(読者の役割) になったと、エーコ『小説の森散策』冒頭に書かれている。 アンナ…

全体主義社会における自我(依存と惑乱):『DAU.ナターシャ』雑考

『DAU.ナターシャ』(イリヤ・フルジャノフスキー監督)を観た。奇抜というかなんというか、異常な撮影方法が話題となった映画である。 かつてのソ連を再現するために当時の町を実際に作り、そのセット内で何百人もの参加者を、二年間も当時の風習に従って生…

八犬伝覚書 八犬伝の引用元 その2

『南総里見八犬伝』は引用の織物である。作中、どこから引用したか明記してある場合が多いが、前回に引き続き、典拠記載のない引用箇所を書き出してみた。 第五十六回 ◎ 囚われの犬田小文吾が対牛楼で望郷の念を抱く。 「犬田が為にはここも亦(また)、望郷…

八犬伝覚書 八犬伝の引用元 その1

『南総里見八犬伝』は水滸伝を基に書かれたと言われるが、参照元はそれだけではない。三国演義、西遊記、封神演義、平妖伝など中国の伝奇小説、平家物語、源平盛衰記、太平記など日本の軍記物、源氏物語、枕草子、伊勢物語といった王朝文学、あるいは和歌な…

あるいは、ヘルムート・バーガーの liberté と libertà:アルベルト・セラ監督『リベルテ』雑感

アルベルト・セラの映画『リベルテ』の主演は、ヴィスコンティ映画でおなじみのヘルムート・バーガーだ。ユーロスペースで今回初めて観た。少し感想を。 物語は、逃亡中のフランス貴族たちへ、ルイ15世暗殺未遂の実行犯ダミアンが四つ裂きの刑に処された様子…

映画『メッセージ』/小説「あなたの人生の物語」:ドゥニ・ヴィルヌーヴ監督『メッセージ』雑考

ドゥニ・ヴィルヌーヴ監督の映画『メッセージ』は、テッド・チャンの短編小説「あなたの人生の物語」を原作にしている。そして珍しくもないことだが、映画と原作の間には相違がある。 あまり動きのない原作を、映画はタイムリミットを設けて、ハラハラドキド…

八犬伝覚書 天翔ける龍に始まり、龍女の成仏に終わる

『南総里見八犬伝』発端のエピソード、里見義実・伏姫説話は、龍の目撃に始まって龍女成仏で終わる。龍女成仏とは、『法華経』巻五第十二「提婆達多品(だいばたったほん)」における悟りに至る物語のことだ(龍女のことは、義実の龍の薀蓄でも語られている…

【現代語訳】曲亭馬琴『南総里見八犬伝』第九輯中帙附言(稗史七法則)

『南総里見八犬伝』は、文化十一年(1814)の春、平林堂(弓張月の版元)から出版しようと第一輯の企画を起こした。しかし、すでに平林堂主人は七十歳の老齢、長編の刊行を果たしきるには心許ないと、版元仲間の山青堂に譲りたいと申し出られた。私はその意…

八犬伝覚書 万葉集と沼藺(ぬい)

八犬伝を読むとき、行徳の段はちょっとした難関になりそうだ。言葉が難しかったり、人間関係が複雑だったりするからではない。八犬伝の特長である、入念に敷かれた伏線回収の見事さには舌を巻く。ストーリーは目まぐるしく動き、読んでいて飽きることはない…

八犬伝覚書 芳流閣のモデルを考えてみる

『南総里見八犬伝』前半の山場に、芳流閣の決戦がある。犬士二人が互いの素性を知らずに戦う名場面である。芳流閣のない八犬伝は考えられない。 足場の悪い屋根の上で互いの技倆を尽くして干戈を交える。その舞台である芳流閣を、馬琴は大げさなほど修飾して…

八犬伝覚書 百姓一揆との類似性

ゾイレは慎重に手を伸ばし、スロースロップの頭上からヘルメットを被せる。両側からケープを掛ける女たちの手つきも儀式めいている。(中略) 「これでよしと。実はな、ロケットマン、ちょっと聞いてほしいんだが、わしはいまちょっとしたトラブルに……」(佐…

八犬伝覚書 巨田道灌について

リアルな効果を狙う子供っぽい配慮から、もしくは最善の場合、ごく単純に便宜上であっても、架空の人物に架空の名前をつけることほど俗っぽいことがあるだろうか? 『HHhH』(ローラン・ビネ)の冒頭に置かれた小説という媒体を巡る、短いがスリリングな洞察…

あまりにもノーマルな性:ブリュノ・デュモン監督『欲望の旅』雑感

デモ活動の際に全裸パフォーマンスを行ってニュースになる例が、時々ある。スペインの某動物愛護団体が有名だが、どのくらいの実効性があるのだろう? 動物愛護のお題目で裸になるのは動物と比べて人間だけを特別視する社会への異議だろうが、大抵のデモでは…

『ファニーゲーム』の二人組はどこからきたのか?:ミヒャエル・ハネケ監督『ファニーゲーム』雑考

ときどき無性に『ファニーゲーム』(ミヒャエル・ハネケ)のオープニングが観たくなる。郊外の道をボートを牽引しながら走るSUVを、緩やかなピッチのオペラ音楽を背景に捉え続ける。車内へカメラが移ると、別荘地へ向かう三人家族の姿。父親と母親が曲当てゲ…

What the ? :『ものすごくうるさくて、ありえないほど近い』雑感

電子書籍元年?2年?の話題もだんだん凋んでる感じだけど、タブレットの性能云々からプラットフォームとコンテンツの関わり(プラットフォーム側と出版社の折衝など)へと一般的興味が移ったのは、ひとつの段階的兆候ではあるのかな、と思う。まぁ一消費者…

下書きを、並べてみる。

ずいぶん長らくブログを放置している。twitterを始めてから手をつけなくなった現状を鑑みるに、所詮140文字で収まるようなことしか考えてなかったのかな、と厭な思いに駆られる。メディアによって使い分けを、と思っていたはずなのに、実行に移すのは難しい…

『流跡』と異界について:朝吹真理子『流跡』雑考

話題の作家・朝吹真理子のデビュー作を読んだ。 賞を受けるのが作家か作品かという問題は、古今東西を問わず解決しがたい難問だろうと思う。それは近代特有の「人間」病かもしれないし、実はもっと古い原初的な何かかもしれない。もちろん作家本人のプロフィ…

映画とYouTubeについて:ジャン=ピエール・ジュネ監督『ミックマック』雑感

恵比寿ガーデンシネマで『ミックマック』を観る。もしかしてこれ映画館で見るの倒錯なのかとつい思ってしまった、ジュネ版スパイ大作戦。『アメリ』のときにも思ったけど、なんというか、ジュネってキッチュであることを恐れないなぁ。マルク・キャロがいな…