雑記。:チン・マンケイ監督『金瓶梅』雑感

 部屋を片付けなければ。GⅠだから馬券買いに行こうかな。知人からチケットを頂いたボルゲーゼ美術館展も行きたいし。読みたい本も溜まってきたよ。でもとりあえずは仕事しよ。などなどと思いながらダラダラ過ごしてしまった。
 これは、きっと自由業の第二法則、エントロピー増大の法則だ! 熱平衡に至る前になにかしないと、と考えて映画を観に行くことに決める。日曜日最終回は割引だから、渋谷のシネマライズへ向かう。
 ひさしぶりにライズXに行ってきた。けっこう好きな箱なんだけど、なぜかあまり行かない。面白そうなの上映してるんだけどね。前回入ったのが『マシュー・バーニー:拘束なし』(『拘束のドローイング9』を含むバーニーの仕事のドキュメント)を観たときだから、一年以上も前? 渋谷のど真ん中にあるのになぜか素通りしてしまう不思議な映画館である。話は逸れるが、どこかの映画館で『クレマスター』シリーズの連続上映してくれないだろうか、と常々思う。観てないのがいくつかあると思うんだ。DVDは購入したけど、別バージョンで全然違うやつだった。仮に美術展とかでバーニー展をやってもたぶんそこで上映されるのはこのDVD版だと思うんだよね。昔、パリかバルセロナでやってた展覧会でDVDと同じやつを観た記憶があるから。本家のシリーズをぜひとももう一度観たいという人は結構いると思うんだけど……。いろいろ問題があるのかな?
 それはともかく、シネマライズでやっている『フローズンリバー』を蹴って(近いうちに観に行かないと!)、スペイン坂を少し下ったところにあるライズXへ向かう。
 小さな箱に掛かった映画は、『金瓶梅』。香港映画(ということを、いま公式サイトをチェックして知った)。中国の四大奇書のひとつで水滸伝のスピンオフでエロ小説で禁書で云々、というのは知識として知っているけど、読んだことはなかった。三国志にハマっていた中学生くらいの時期に読んでみようと思ったはずだが、いままですっかり忘れていた。だがここで、四大奇書だからと『レッドクリフ』を期待してはならない。期待してたらそもそも観に行ってない。
 期待通りだった。エロと笑いとアクションを兼ね備えた「ちょ、おま、それ」な映画だった。バカバカしいギャグに白々しながら吹き出してしまうし、そのくせ妙に画がきれいだし、乳首のアップやりすぎだし、でも、嫌なエロさでないから健全な感じがした。一番エロいなぁと感じたのは男が纏足の小さな足の指先を舐めるところだ。日本が中国から輸入しなかったのは宦官と纏足だけで入れなくてよかった、みたいなことを誰かがどこかで書いていた気がするが(澁澤だったか武田泰淳だったか覚えてない。科挙も含まれた気もするがはっきりしない)、確かに、纏足の包帯をとるときには、爪先見せて大丈夫? と眉を顰めたからその手の文化は咀嚼できてないと思われる。けど、まぁ映画なのでその辺は。
 こうした健全さが香港映画のいいところかもしれない。なにより役者さんが良い。日本の女優さんも主要人物として参加してて、他の作品も見てみたいと思った。変な意味じゃなくて。ま、変な意味でなくはないけど。
 こういう格調高い(?)古典を使って純然たるエロを表現する行為は本当に素晴らしいと思う。ぜひとも日本映画でも源氏物語を使ってやってもらいたい。あ、『家畜人ヤプー』が準備中?
 しかもこの映画、ほとんどプロローグだけで終わったからびっくりした。「金」しか出てないぞ。申し訳程度に「梅」の説明が最後にあったから、エンドロール後に何かあるかと待ってたらそれきり終わった。初めて『2001年宇宙の旅』を観たときの(VHSだった)スターゲートに入るところで映像がぶちっと切れて画面が砂嵐に覆われたのと同じくらい衝撃を受けた。お蔭で僕は長い間『2001年宇宙の旅』は本当に意味がわからない映画だと信じていたのだ(「え? スターチャイルドってなんの隠喩?」)。……ラスト間際の畳みかけるようなセックス描写の切り替えがちょっとスターゲートっぽい、と思っただけだが。
 これ、続編はあるのだろうか? あれば、観に行くけどな。
 あと、タイトルに英題として『sex & chopsticks』と付記されてたけど、映画用の意訳だろうか? グリーナウェイの『枕草子』にもひどくがっかりした覚えがあるけど、エロティシズムは千差万別というか、土地によって人によってよくわからない趣味があるものだ。
 エロティシズムと言えば、冒頭にセックスマスターであるお父さんが子供の主人公と違うものを食べるシーンがあって、謎の食材と春画が一緒に並ぶ。性食同源なのだろう。食に関してはそれ以降ほとんど出てこないのだけど、もっと強調していいと思う。これがベンヤミンなら、読書とは貪り食うことで知食同源と言うかもしれないけど、いや、到達地点が同じという意味で、知食同到のほうが正しいのか?
 せっかくなので『金瓶梅』の原作も貪り食ってみようかな、と思った。