2021-01-01から1年間の記事一覧

作者が登場するとき、テクストではなにが起きているのか?:クレメンス・J・ゼッツ『インディゴ』雑考

クレメンス・J・ゼッツ『インディゴ』(犬飼彩乃訳)は、奇妙な小説だ。どこがどう奇妙かは読み手によって異なるだろうが、まず言えるのは現実の扱い方のユニークさだ。 主題のひとつである「インディゴチルドレン」とは、現実世界においては、ニューエイジ…

『重力の虹』のスロースロップはどこへ消えたのか?:トマス・ピンチョン『重力の虹』雑考

トマス・ピンチョンの傑作小説『重力の虹』です。 さまざまな物語を内包し、重ね合わせて語られる大複合小説として、不動の地位を保ち続けています。僕も大好きな小説です。 第二次世界大戦末期、アメリカ人のタイロン・スロースロップ中尉はイギリス軍に出…

八犬伝覚書 八犬伝の引用元 その3

『南総里見八犬伝』は引用の織物である。本文中に出典の明記がない引用箇所の、参照元を探る試みの続き。 第百三回 ◎ 富山の描写。 「嶮邊(そばのべ)逈(はる)かに直(み)下せば、白雲聳え起りて、谷神(こくしん)窅然(ようねん)と玄牝の門を開けり」…

クリーマが持ち歩く『モデル読者』とは?:アンナ・ツィマ『シブヤで目覚めて』雑考

ウンベルト・エーコ『物語における読者』、原題 ”Lector in fabula” は英訳すると「おとぎ話の読者」となって意味が通らないから、英語版タイトルは ”The Role of the Reader”(読者の役割) になったと、エーコ『小説の森散策』冒頭に書かれている。 アンナ…

全体主義社会における自我(依存と惑乱):『DAU.ナターシャ』雑考

『DAU.ナターシャ』(イリヤ・フルジャノフスキー監督)を観た。奇抜というかなんというか、異常な撮影方法が話題となった映画である。 かつてのソ連を再現するために当時の町を実際に作り、そのセット内で何百人もの参加者を、二年間も当時の風習に従って生…

八犬伝覚書 八犬伝の引用元 その2

『南総里見八犬伝』は引用の織物である。作中、どこから引用したか明記してある場合が多いが、前回に引き続き、典拠記載のない引用箇所を書き出してみた。 第五十六回 ◎ 囚われの犬田小文吾が対牛楼で望郷の念を抱く。 「犬田が為にはここも亦(また)、望郷…

八犬伝覚書 八犬伝の引用元 その1

『南総里見八犬伝』は水滸伝を基に書かれたと言われるが、参照元はそれだけではない。三国演義、西遊記、封神演義、平妖伝など中国の伝奇小説、平家物語、源平盛衰記、太平記など日本の軍記物、源氏物語、枕草子、伊勢物語といった王朝文学、あるいは和歌な…

あるいは、ヘルムート・バーガーの liberté と libertà:アルベルト・セラ監督『リベルテ』雑感

アルベルト・セラの映画『リベルテ』の主演は、ヴィスコンティ映画でおなじみのヘルムート・バーガーだ。ユーロスペースで今回初めて観た。少し感想を。 物語は、逃亡中のフランス貴族たちへ、ルイ15世暗殺未遂の実行犯ダミアンが四つ裂きの刑に処された様子…

映画『メッセージ』/小説「あなたの人生の物語」:ドゥニ・ヴィルヌーヴ監督『メッセージ』雑考

ドゥニ・ヴィルヌーヴ監督の映画『メッセージ』は、テッド・チャンの短編小説「あなたの人生の物語」を原作にしている。そして珍しくもないことだが、映画と原作の間には相違がある。 あまり動きのない原作を、映画はタイムリミットを設けて、ハラハラドキド…