雑記。

 渋谷パルコPart1地下一階の書店〈リブロ渋谷店〉の店員さんが達筆で驚く。領収証の但し書、「書籍代」の文字。
 手慣れたものでボールペンですらすら書いてくれるのだけど、何気ない崩し字がバランスよい。最も印象深い「書」の字はこんな感じ。……横線をすっすっすっと五本引いてその右端にちょっと掛かる具合に縦にまっすぐスッと一本、縦線の仕舞いはすぼめるようにきゅっと丸める……。ぼんやり見蕩れてしまった。「籍」も「代」も略字体で流れるようなスタイル。美しい。
 だがしかし!
 実を言えば、今回は僅かながらも心の準備があったのだ。もしかして、という気分でいたのだ。というより、レジに並んだときには、別の店員さんの姿を無意識に探していて――
 去る4月21日のことである(これは領収証の日付で確認できる)。僕は今日の人とは別の「達筆な店員さん」に遭遇している。その時の感動は全くの不意打ちだっただけに今日の比ではなかった。
 21日の店員さんの字体もリズムよく流れる草書体なのだけど、これはもっと荒々しい。この店員さんの字のほうが(こう言ってよければ)味がある。圧巻は「籍」。竹冠が一文字の緩い曲線に引き延ばされて、「籍」の字全体が、上辺が広い台形様の形をとっている。しかも、字を形成する三つのパーツが分解→再編成の経緯を辿ったように分かれ分かれになり、文字の真ん中には快い空白が生じて、分離する全体を引き寄せている。引力と斥力が微妙な位置で釣りあったような恰好だ。これに続く「代」の字は単体で見ると子供の落書きみたいだけど、見事に躍動している。こちらは分解ではなく、それぞれの線がひとつの線に凝縮されそうな危うい均衡を保っているのだ。意味としては何気ないはずの三文字なのに、いまにも但し書の狭いスペースから飛び出してきそうだ。それらが迷いもなくブレもなく一息に書かれたわけで、僕は21日(時刻は覚えてないが)その現場を目撃していたのだ。衝撃的な出来事である。思わぬ場所で思いがけない光景に出くわす。手術台の上のミシンと蝙蝠傘の偶然の出会い。まったく、油断も隙もあったものではない。
 で、そのときの領収書をいま脇に置いて眺めているのだけど、改めて見ると、禅寺にでも掛かってそうな字だ。印字された金額の数字なんて目に映らない。
 ちなみに、宛名書の「上」の文字も下の横線がいっぱいに伸ばされている。縦線の右と左のバランスが絶妙だ。右側のほうが左側より1.5倍ほど長い。もしかすると、1:1.1618かもしれない。測ってみる気はない。

 というわけで、今日の感動はただ「店員さんが達筆で驚く」ばかりではなく、同じ書店に達筆な店員さんが二人いた、という新事実を発見したことにあった。もしかしたら領収証書きの社員研修でもあるのかな、と思ってもみたが、この二枚以外の領収証の文字は平凡なのでどうやらそういうわけでもないらしい。
 一日何度も「書籍代」と書くだろうから習慣づくのも無辺なるかなではあるけれど、それでも元の字体がしっかりしてないとあんなにうまく崩せない。今日だって僕は思わず、「あ。いま書いてもらった領収書、宛名を『上』でなくて名前で頂いてもいいですか」と言いそうになった。「で、さっきの『上』の奴も一緒に下さい」
 それはダメです。